親って「あなたはやれば出来るんだから・・・」と思ってしまいますよね。
私も子供の頃に母に言われましたが、
子どもながらに
「失礼だな。じゃぁ、今は出来ないってことを言ってるのか」
と思い、とても不快だった記憶があります。
多くの先生方も、子どもたちに「やればできる」「頑張れ」と
子どもの背中を押す言葉をかけます。
でも、本当に誰でも「やれば出来る」のでしょうか?
子ども心に「やれば出来る」と言われたって、
やりたくない事をどうやってやれば良いのか。
「頑張れ」と言われても、
やりたくない事を頑張れないのが実情ではないでしょうか。
親や先生が100%間違っているのは、
『なぜ出来ないのか』
『なぜ頑張ろうとしないのか』を全く考えること無く、
上から目線で一方的に「やれ!」と言っているだけで、
これは実に無責任な言葉です。
「やれば出来るんだから」は、ほとんどの場合は主要学科
いわゆる国語、算数、理科、社会で使われる言葉ですが、
運動や音楽などの芸術では
「やれば出来る」と言われて出来るものではありません。
芸術の分野では才能も物言います。
さて国語、算数・・・の主要学科でやらせたいのであれば、
例えば「なぜ算数を勉強するのか」を勉強する意味を
子供と一緒になって考えて行く必要があります。
子供としては算数を勉強をしたって
何にも使いようが無いわけですから、面白い訳がありません。
そもそも算数を勉強するのは『物事を順序だって論理的に考える力を養う』
ことを主目的としています。
もちろん『暗算』や『九九』などは、
買物に行った時の金額の計算やお釣りを計算するのに役立ちますが、
それ以外は私たち大人であっても、
普段の生活に算数を使うことはほとんど有りませんね。
でも『理論的に考える』ための力を養うためであれば、納得できます。
子供にただ「宿題をやりなさい」と指示をするのでは無く、
その科目を学ぶ意味もふまえて、親も一緒になって
宿題をゲーム感覚で楽しみながらやる様に誘導していくのも親の役目です。
世の中の常識を教えていく事もそうですが、やはり
『親が率先して子供に見せていく』
子供は親の背中を見て育つのです。